歌手のオユンナさんを色々な角度から掘り下げて行きます。
プロフィール
- 芸名 オユンナ (本名 ダムディンスーレン・オユントゥルフール)
- 生年月日 1975年11月10日
- 出身地 モンゴル
- カテゴリー 歌手
- 所属事務所 イースト・ウイング
- 活動開始 1990年
現在の活動。結婚してる?年齢は?「天の子守歌」「共に生きて」「遠くへ行きたい」の誕生秘話は?
現在はモンゴルに在住しており、1996年オユンナ基金を設立。日本では、2019年にライブをして以来、歌手活動は休止しています。結婚しているのかについては、2001年にモンゴル人の一般人男性と結婚。2男1女の子供がいます。
年齢に関しては、1975年11月10日生まれ、46歳です。日本の尺度で考えると中年という年に差し掛かっています。このぐらいの年から深みのある歌が歌えそうです。また、いつか日本に来るときがあったらその時はどのような歌を歌ってくれるか楽しみです。
ここからは、「天の子守歌」「共に生きて」「遠くへ行きたい」について書いて行きます。「天の子守歌」は、1990年オユンナさんにとってデビュー曲となりました。作詞・藤公之介、作曲・オユンナのコンビで製作されました。
民族音楽を連想させるイントロで始まり、歌の内容は南に憧れて来た物の心はなじめず育ってきた北へ帰りたいと郷愁を抱く歌です。北と南というと、イマイチよく解りません。しかし、東京へ上京その後生まれ故郷を思う歌と言う風に捉えれば聞く人の心に情景が思い浮かぶと思います。
デビュー作と言うことなので、新人賞などのレースものに絡んでいたのかというと、全く絡んでおらず賞は獲得できませんでしたが、紅白歌合戦に出場は果しました。その後、紅白には出場していません。
2005年に映画『O_chi 空を飛んだオッチ』で主題歌となって夏川りみさんがカバーしました。「共に生きて」は、作詞・作曲、オユンナ、訳詞、 藤公之介のコンビで制作されました。楽曲がどんなものかはYOUTUBEなどでは聴けないのですが、作詞・作曲をオユンナさんが担当しています。
「遠くへ行きたい」は、作詞・永六輔、作曲・中村八大のコンビで製作されました。オリジナル歌手はジェリー藤尾さんで、その後色々なアーティストにカバーされておりオユンナさんバージョンも1994年1月21日に発売されました。
オユンナさんバージョンはやはり民族音楽のテイストがふんだんに盛り込まれたバージョンで他のアーティストや元の曲とは若干雰囲気が異なります。そのためこの曲があの「遠くへ行きたい」なのかと思う人もいるはずです。
まとめ
今回、この記事ではオユンナさんを掘り下げてきました。日本での歌手活動ジャンルとしては歌謡曲に当ると思います。基本的に生まれ育ったモンゴルのテイストが色濃く出過ぎている音楽が多くある意味この曲はオユンナだなと解って貰えて良さそうです。
また、演歌歌謡曲を歌うジャンルの人で自身で作曲をする人は多く無く大抵は作詞と作曲の先生がいて楽曲提供を受ける形でデビューして行きます。その後キャリアを積んで自分で作詞・作曲をする歌手の人もいます。
自身で作曲が出来ると言うことはとても強みです。他人が絡むと曲のキーが合わないやこの曲は思っていたのと違うなどのミスマッチが起こってしまいがちですが、自身で作るのでその心配はありません。
自分で作れると言う事で音域や雰囲気は、自分の思った曲が作れるので、表現の幅がかなり広がっていきます。オユンナさんは名古屋音楽大学ピアノ科、モンゴル国立音楽専門学校ピアノ科卒業、同朋高等学校音楽科卒業と音楽キャリアを高めようと努力を積み重ねています。
今後日本で歌手活動を再開したとき、その経験は必ず生きると感じてしまいます。そしてリスナーの心を揺さぶるような音楽が出来てきそうな予感があります。また、日本に沢山の外国人歌手が来日してきますが長続きすることは難しい状況にあることだけは確かです。
プロの歌手になるという事はある程度売上は稼がないとならずそれが出来なければ歌手活動を継続することは出来ず難しい状況ではあります。