アメリカと沖縄で生活した経験を持ち話し言葉は英語と日本語混じりという当山ひとみさんを色々な角度から掘り下げていきます。
プロフィール
- 本名 当山ひとみ (愛称 PENNY)
- 出身地 沖縄県
- カテゴリー 歌手
- 活動開始 1981年
現在の活動。結婚してる?ライブは?「Hello me」「hold me in the shadow」の誕生秘話は?
音楽活動の継続はしており、2000年代に入ってからは、パシフィック・ムーン・レーベルからヒーリングMUSICを歌っていて沖縄のスタンダードナンバーをカバーしています。しかしながら本人曰くオリジナルソングが欲しいと言うので常に制作も続けています。
時代はCDという物に残す時代から、配信やサブスクリプションが優勢の時代となりつつ有り、若い世代だけを狙えば配信一辺倒で良いのですが、年配者を考えればCDでも作品を残す必要があるようです。
年配者は、サブスクリプションと言っても意味も伝わらず方法を説明しても自分でダウンロードするまでには至らないケースも有り、CDもある程度必要です。そうであれば聞くことが可能と言う事も考えてのことのようです。
また、地元沖縄にてラジオ番組を担当しており、番組タイトルは『うたうマイライフ』日曜日に15時~17時まで担当しているようです。元々沖縄にいた事もあるので馴染んでいると言うことなのでしょう。
アーティストとしての考え方としては、昔の楽曲も愛してくれると嬉しいけど、新曲も聴いてくれたら嬉しいと考えているようです。さて、当山ひとみさんは、どの様な音楽キャリアを積んできたのか少し気になったため調べて見ました。
沖縄に生まれ、家族の中での公用語は英語。父親と姉がアメリカンスクール出身、母親は沖縄出身ですが、友達関係も外国人が多くどうしても英語の方が優勢の環境でした。沖縄にいたのは中学二年生まででその後アメリカに渡り生活をしていたので、話し言葉は英語と日本語が混じる形となってしまいました。
歌手デビューのきっかけはスカウトで、井田エリさんというボーカリストがいて歌が上手く憧れの存在でした。そしてこの井田エリさんがデビューする際に当山ひとみさんにも『やらないか?』と言う声がかかりデビューのきっかけを掴みました。
その時点で当山ひとみさんは井田エリさんのコーラスとして活動していました。しかし、デビューの話に対して、バンドメンバーが厳しそうとか、日本語もあまり話すことが出来ない、オリジナルが難しい、ソロは一人だから等色々と理由をつけてデビューを渋っていました。
しかし回りが背中を押してくれたという事もあり、デビューにこぎ着けました。デビューしてからも日本語があまり上達せず、ライブでのMCには台本があったと言うほど厳しい歌手活動だったようです。
続いては結婚しているかについて書いていきます。調べて見ましたがそう言ったネット記事などはありませんでした。今後またどこかでインタビューを受ける際に明らかになる可能性はあります。
ライブについては昨年までは行われていましたが、2020年に入ってからライブは行われていません。コロナ次第でまたいつかライブが開催出来る可能性もありますが現時点ではなんとも言えません。
続いては当山ひとみさんの楽曲「Hello me」「hold me in the shadow」について書いて行きます。「Hello me」は、「行き先は教えない」のB面曲であり、全編英語詩であり、日本語で歌うよりも得意のようです。
作詞は当山ひとみさん自身で、作曲は桐ヶ谷俊博さんのコンビで製作されました。「hold me in the shadow」アニメ妖獣都市のエンディング挿入歌のようですが、CD化しておらず現時点ではライブ音源でしか聞くことは出来ないようです。
まとめ
沖縄出身の歌手ですが、殆ど英語のある世界で生きてきたようです。デビューに際して日本語が不慣れでしたが徐々に日本語も上手くなり日本語の歌も歌えるようになりました。作品についてはCD化されていないものも有るなど権利関係で揉めているのか?CD化にこぎ着けられると良いと感じました。