日本テレビの雷波少年という番組で、見事復活し一度ブレイクを経験したSomethingElseを色々な角度から掘り下げていきます。
プロフィール
- グループ名 SomethingElse
- カテゴリー ユニット
- 活動期間 1994年~2006年
現在。大久保伸隆やメンバーは何してる?「ラストチャンス」「さよならじゃない」の誕生秘話は?
SomethingElseは2006年に解散した後、復活の可能性はないようです。ボーカルの大久保はソロ活動を行っており、ベースの今井がレコード会社に就職しているなどそれぞれの道を歩んでおりもう難しいように感じてしまいます。
メンバーについて書いていきます。
ボーカル大久保伸隆
2006年にSomethingElseを解散した後、ソロに転身2009年にファーストアルバムFlightNightPartyをリリースし、その後2枚のアルバムをリリースしました。現在はソロライブを定期的にに開催したり、メディア出演を熟しています。
次回予定されているライブは以下の通りです。(URL:https://www.okubonobutaka.com/live/)より引用
2019.12.14(Sat)
FlightNightParty vol.66 @大塚Hearts+
2020.4.18(Sat)
FlightNightParty vol.68
因みに一般女性と結婚しており、グループの中ではソロ活動まで行っておりまずまずの状況です。
ギター 伊藤大介
現在の音楽活動状況は不明、グループ解散後は一時ベースだった今井千尋とプロデュースユニットを結成していましたが、活動を休止しており詳細不明です。
ベース 今井千尋
現在レコード会社に就職しており、レコーディングディレクターを務めています。因みに妻はSquallでお馴染みの松本英子さんです。
ここからはSomethingElseの楽曲「ラストチャンス」「さよならじゃない」について書いて行きます。「ラストチャンス」はまさにタイトル通り、SomethingElseのグループ復活を掛けた楽曲でした。
と言うのも元々SomethingElseは、いつ解散してもおかしくない世間で言えば売れていないグループでした。そんな中、日本テレビで放送されたバラエティー番組雷波少年の企画に選ばれました。
この企画でかなり過酷な条件を突きつけられました。まず、3人でひとつの部屋に籠り運命の1曲を作ること、そのシングルをレコード会社からリリースしオリコン20位以内に入らなければグループ解散という物です。
この企画を聴いた瞬間メンバー、スタッフ共に難色を示した物の追い込まれている状況故この企画を承諾しスタート、外出は出来ず曲をひたすら作り続けると言う行為を繰り返し続けていました。
仮唄を歌いたいのですが、普通の民家故歌声が本気で出せないと言うリスクも伴っていきました。しかしながら、番組が放送されるうちにSomethingElseを取り巻く環境は良い方向へと変化していきますが、本人達はそんな状況に気付くはずもなく「ラストチャンス」が完成。
合宿生活は実に118日に及びましたが、ミュージシャン以外知ることが出来ない楽曲制作の過程や葛藤が見られておもしろい企画となった事は確かです。ミリオンセラーに迫るヒットソングとなりましたが、SomethingElse自体に音楽的素養がなかったのかブレイク後解散しています。
「さよならじゃない」についても、この合宿生活の中で完成した楽曲であり後に日本テレビの劇空間プロ野球のテーマソングとして起用されて、スマッシュヒットを記録しました。
まとめ
テレビ番組の企画とは言え、ヒット曲に恵まれずにいるバンドを一時的に救ったことは間違いありません。そして一度はブレイクさせるというテレビの力を最大に生かした企画だったと思います。
その後そのチャンスを生かすことは出来ずに、解散してしまいましたがやはりメディアが上手く動くとどんなに売れないバンドやアイドルも一瞬にしてスターに変える事が出来るという事がSomethingElseの企画を通して見えた気がしました。
その後、同一の企画で2つのバンドを引っ張り出しましたが、SomethingElseのように注目される事はありませんでした。やはり最初に注目されたSomethingElseが最も上手くいったと言えるのでしょう
やはり、チャンスを貰ってもその後生かすのはその人達の才能や運という事になると感じました。
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