1990年代にビーイングが送り出したポップスバンドフィールドオブビューを掘り下げて行きます。
プロフィール
- バンド名 フィールドオブビュー
- 結成年 1994年
- カテゴリー ポップス バンド
現在。メンバーは何してる?解散理由は?「突然」「君がいたから」の誕生秘話は?
現在は解散してしまい、恐らく復活の可能性は0%だと思います。それだけやりきったと思いますし、元々Viewという名前でデビューして2曲のシングルをリリースしましたが思うように売れず再デビューを図ってブレイクしたのでバンドとしては充分にやったという感じかもしれません。
さて、ここからはメンバーが現在何をやっているのかを掘り下げて行きます。
ボーカル 浅岡雄也
フィールドオブビュー解散後は、ソロアーティストに転身90年代を彩ったアーティストとしてテレビ出演等をしています。年齢による音域の低下も見受けられず当時のままの維持しています。
直近では下記の日程でライブを行います。以下引用
2018.7.8(日) CALDERA SONIC
OPEN16:00 START 17:00
【金額】(税込)前売り:5500円(1ドリンク込)当日:6000円(1ドリンク込み)
act:浅岡雄也(ex FIELD OF VIEW)
NICOTINE
Rani
GINNEZ
場所:横浜BAY HALL http://bayhall.jp/
神奈川県横浜市中区新山下3-4-17
TEL045-624-3900
この日はチョット変わった編成にしてみた。
G:馬場一嘉
Drum:奥田やすひろ
マニュピ&シンセBass:大場ハナ誠朗
現在までソロアルバムを12枚リリースしており、ソロデビューをしてから15年が経過しており、もうバンド形態には戻らないかもしれません。
ギター 小田孝
バンド解散後は、芸能事務所研音のディレクターに転身。星村麻衣等のディレクションを行っていました。現在も恐らくディレクター職を続けていると思われています。現在個人発信のソーシャルメディアがないので動向が解りません。
ドラム 小橋琢人
バンド解散後は、音楽出版ビーイングのミュージックスクールでドラム講師を務めています。また、ビーイングのアーティストを懐かしむライブなどにはサポートミュージシャンとして参加しています。
ベース 新津健二
バンド解散後、DAIGO率いるBREAKERZのマネージャー兼ディレクターとして音楽業界に留まっています。
キーボード 安部潤
バンドを途中脱退、プロデューサーやアレンジャーとして音楽業界に留まっています。
続いてはフィールドオブビューの解散理由について掘り下げて行きます。一度はブレイクを果たしたもののそれ以上のセールスの上澄みが期待できないので解散したのでは無いかという説が信憑性が高いかもしれません。
一応バンドとして解散ライブを行いましたので、一応一区切り付いたという感じでしょうか?ここからはフィールドオブビューの楽曲「突然」「君がいたから」について掘り下げて行きます。
突然については、バンド名をViewからフィールドオブビューに変えてのセカンドシングルに当たります。作詞はZARDのボーカル坂井泉水が担当。作曲は織田哲郎というヒット確率がとても高いコンビにより制作されました。
大塚製薬のポカリスエットのCMソングで有り、この曲がやたらと流れていたことを覚えている人も多いはずです。歌詞は別れた恋人との過去の恋愛を懐かしみそして後悔しているそんなように聞こえる楽曲ですが、変に湿っぽくならぬようキャッチーなメロディーとアレンジで聞きやすい楽曲に変身しています。
君がいたからは、フィールドオブビューにとって再デビュー曲で有り今度こそは失敗できないと突然同様のコンビで製作された楽曲でデビュー曲からドラマ主題歌という売れないはずがないという状況でリリースされました。
因みにドラマの挿入歌としてZARDが歌唱した君がいたからも使われておりZARDのアルバムTODAY IS AnotherDayの中でセルフカバーもされています。因みに当初は君がいたからというタイトルでは無く輝く時の中でというタイトルになる予定だったのですが、それがどこかで君がいたからとなりリリースされることとなりました。
この曲のセールスは80万枚を超えて大ヒットし、再デビューシングルとしてはもくろみ通り大成功しました。
まとめ
ビーイングのアーティストは売れるために、織田哲郎に作曲を頼みいったんブレイク路線に乗せる形で売り出してきましたが、それをオリジナルに変えると楽曲のクオリティーが落ちて織田哲郎の曲を超えるようなヒット曲を生むことが出来ず消えていきました。
フィールドオブビューもその典型的なパターンで有り、時代に消費されたバンドと言えるかもしれません。